私とバイオリン

  20歳の時にバイオリンを習いたかったが、青春時代の困難の中にいたために頓挫した。ちょうCovid19の恐怖が世界を覆った2020年の11月、64歳からバイオリンを習い始めた。不安が世界を包み、家に閉じ込められていたので、あの音が必要だと思った。どのように習っていいかわからなかったので、とりあえず近くの音楽スクールに通いはじめた。入門篇なので、毎週30分通った。多分音大生のアルバイトの先生だった?今思うと、これは、非常にまずかった。習い始めがとても重要であるからだ。ピアノを4歳頃から習い、クラシック音楽教育の師弟関係を知っている。だだ、老い先短い老女は、簡単な曲をならすことができるだけでいいのか、それでも本当にバイオリンという楽器と格闘してゆきたいのかをはっきりさせないといけない。数ヶ月でやめて、別の先生宅に行って個人レッスンをうけることにした。主にDuoを先生と弾き、ある意味でバイオリンの楽しさを知ったけど、まったく基本練習をおしえてくれなかったので、バイオリンが全くわからず、イライラした。そこで、インターネットで、先生を探しだし、オーケストラを引退したばかりのS先生宅を、恥じらいを持って訪れた。ちょうど2年経っていたが、そもそも、バイオリンに、音程シールを貼って、弾かせるのは、邪道で、時間がむだである。これは禁止すべき事である。ようやく。今の先生のところで、正しい音程を取る左腕の使い方、左指の鍛錬、右手の弓のボーイングの仕方を基礎から2年間練習した。左手の形ができてきて音程が正しく取れるようになり、右手のUp&Downが等しく引くことができるようになった。音階練習、2年間同じ繰り返し練習曲、美しいエチュードの曲、そして難しくてバイオリンらしい曲。今は夢中になって3時間は練習している。左手関節の痛み、立って練習することの疲れ、集中疲労により脳の悲鳴、目のかすみ。1週間の仕事や用事と練習計画をたて、1日のうち、休憩を何回もとりながら、練習している。ピアノは夢中になれなかった。バイオリンは、弾いているだけで、苦しみも苛立ちも悲しみも消えてしまうのはとても不思議なこと。真に願うのは、体と脳がいつまでも 活動できますように。 ごく僅かでも、進歩を信じられるように。         
                                                                                                                     #2025.12.29

私が植えた植栽を殺し終了した!

愛郷と望郷

2023年春、尾鷲市中央にある尾鷲市役所前の交差点の歩道脇に現れた。中央は、尾鷲市と全く関係ない子供の写真であり、なぜ、この尾鷲節の歌碑が必要だったかもわからない。歌碑は尾鷲市の公園などに数カ所すでにあり、災害時市民が集まってくる中央の歩道の上に設置する理由がわからなかった。           

これは何だ?

尾鷲市の人口は、現在15432人、65歳以上46.3%、そのうち80歳以上19.5%。この歌碑の存在を2年経過した今も知らない人も多い。インターネットもメールも使えない人達がほとんどを占める中、無関心無気力が町をおおている。”尾鷲はあかんのさあ”と何十年前からぼやくだけ。                                    #2025.3.21

唐ジュロ計画大成功 !      

Chimi Gardenの反対側の歩道の隠れ蓑という植栽が枯れたのち、何も植えられていないのに気づいたが、このままでは、他の場所と同様、コンクリートでこの場所が埋められてしまうと懸念した。では何を植えるべきかしばらく考えた。ちょうど、こちら側の通りは、トウジュロが4本生存していたので、なんとかここにも同じものを植えたいと考えた。どうすれば、これを手に入れられるかが問題だった!-------------------#2024.4.17  植栽                         
  

ネットや電話で種々調べたところ、鈴鹿市の植木卸のお爺さんが1本分けてくれることになった。金額的にも、取りにゆく場所においても最高なものだった。東京から尾鷲に向かう途上高速を鈴鹿で降りて植物園に行った。小さな私の自家用車に斜めに積めば大丈夫と思って行ったら、とんでもなかった。お尻が径2Mもあるではないか。どうしてもこれを持ち帰りたいので、粘りに粘ったあげく、お爺さんは空きのある職人に電話してくれて、届けてくれることになった。彼は、運ぶだけの仕事のはずだったが、実際、植栽が届いみると、歩道の枠内に収まらず、シュロのお尻を削り、穴を深く掘り植えてくれた。感謝!

植栽の移植

ハローワークバス停の花壇は周囲に建物が全くなく、一日中日がさす場所。私は考えもせず、日差しの嫌いなアセビを植えてしまった。夏の猛烈な日光に耐えなんとか生き残った。屋根が道まで張り出し、最も荒れていた土井鉄工倉庫前の歩道の花壇を前回、綺麗にしたので、ここにアセビを移植した。ここは、両側に高い建物があるので、南からの光が入るだけである。今度は大丈夫だろうと期待している。

#2024.2.16~22
ハローワーク前、寺下商会入り口手前の花壇に矮性サルスベリ5本、沈丁花3本、サザンカ1本植栽

防潮堤と苔

苔と雑草

土砂が溜まり、苔が生え雑草の温床になる。前回は土井鉄工倉庫前の花壇及び周辺をきれいにしたので、今回は花壇の反対側の防潮堤壁側の土と苔の除去を行なった。これから迎える雑草の季節の前準備である。




→美化活動協力お願いの時同様、この歩道及び防潮堤は三重県が管理しているので、尾鷲市は全く、関係ないと主張し続けるのでしょうか。
町を本当に守ろうとするのは市のはずである。


#2024.2.27

防潮堤??

県道778(黒潮道路)は港に沿って南から北に走っているが、それに沿って30~40年前に高さ1〜2Mの防潮堤が造られている。高さも不十分であるが(ここは1M)壁が雑草や苔が原因で所々壊れている。東北大震災の後、何か津波対策が取られてるのかと見守っていたが、津波浸水シュミレーションが1年近く市役所のHPで流され、港の周辺はほとんど空き家と空き地となっている。新たな対策は何もなく、市役所には、津波は逃げるが勝ちという横断幕だけが掲げられている。せめて、本年1月に起こった能登半島の津波を参考に、防潮堤の補強を行ってほしいものである。市は、津波の被害の受ける地域に対して、全く無関心である。→


更に一歩前進!警察官2名に取り囲まれ作業!

ハローワーク前バス停の先に進む!

ここの柘植は、すでに寄生植物により、ほとんど枯れてしまっているが、寄生植物を除去し、雑草を取り除いた。花壇はところどころ、壊れ、土砂が歩道に流れ込み、ここの歩道も厚い土砂と苔と雑草に覆われていたが、取り除くことができた。2−3Mの距離だが、45Lのゴミ袋10袋くらいになった。三重県道路事務所の人がゴミを捨ててくれるので、助かる。

住民の苦情で警察官2名現れ、作業が終わるまで、私の作業を1時間以上監視していた。

どういう苦情が言ったのか、尋ねたが、教えてくれなかったので、黙々と一人で、歩道の雑草、苔と土を取り除いた。

歩道が凹み、花壇が壊れていたので、緑のテープで印をつけ、三重県道路事務所に報告した。


ようやく、開通!

#2024.1.27~2.1
くろしお道路高町会館角から林電気までの1ブロックは土砂と苔と雑草がひどく、手をつけると大変すぎると後回しにしていたが、ようやく、手入れができ、つながった。

なんとか、できた!

寄生植物が木のようになって、ネットワークを張り巡らしているので、電気ノコギリや、耕運機でなんとか取り除くことができた。歩道の土砂jは大量に溜まっており、苔や雑草と一緒になって取り除くのが極めて困難だった。

まだ、壁側は、次回も土砂や雑草を取らなくてはいけないだろう。

ここは、何を植えようか。ハローワーク前に植えたアセビの発育は悪いが、日陰が半日あるここに移植した方がいいかもしれない。

更に百日紅2本植栽!

#2024.1.5
紀望通りの東側は、どういうわけが、最も直射日光がさす通りであるのに、日陰を好むカクレミノの木が植えられていました。とうとう、3本の木が1−2年の夏の猛暑に耐えられず、枯れました。友人の庭師の協力で、立ち枯れた木を取り除き、前回同じサルスベリ2本の苗木を植えました。これで、こちら側は、サルスベリが3本並ぶことになります。

今まで、街路樹の周囲に、花が咲いていても、散歩にきた犬にわざわざ、おしっこをさせる住民がいたので、国旗を立てたり、柊木を植えたりしてますが、苗木の成長に協力して欲しいと思います。


(追記:今回の活動では、尾鷲の漁師たちの壁画及び壁画下の高圧洗浄なども行なった。ハツユキカズラ2個、マーガレットコスモス2個、シクラメン3鉢、くろしお通りの花壇に植える。
---------------------------------2023.12.29~2024.1.6)

少し前進

#2023.11.29~12.8

猛暑の為、むしろ、後退して枯れた植栽除去、水やり、草取りに追われた夏だった。ウクライナの如し。紀望通り一歩前進。当初は、ハナミズキが近くの住人の希望だったが、話し合いの結果、暑さに強い夏の花サルスベリに決まった。尾鷲の人で、犬の散歩時、おしっこをかけさせる人がいるのだが、私も懲りずに、国旗を掲げてある。今回は、ここと、バス停前の乙女椿が枯れたので、もう1本植え替えた。

海の見える鉄工所

#2024.10.1~10.8

しばらく、日本を離れるので、暑さで植栽が枯れないか、心配で、最後のお世話をして、アメリカにたった。いつも手入れしている向かいの建物は、昔ながらの鉄工所である。戸を東西に開けて、暑さの中頑張って仕事している。お互いご苦労様。

蝶々

#2023.8.28~9.8

Chimi gardenができてから、蝶々や蜂や虫がやってくるようになりましたが、台風が来る前、初めて、黒い大きな蝶ちょを見ました。幸運の知らせなのでしょうか、破滅の兆しなのでしょうか。

自然の狂乱

何日も全く雨が降らずず、海が茹であがるような、高温多湿の日々が何日も続いたかと思うと、狂ったような豪雨が続き、洪水を引き起こし、地球が唸りを上げています。2年前に植えたシデコブシの葉が暑さで燃えてしまっているのに、蕾をつけ、花が咲きました。本来は春を告げる3月に咲くのでしょう?植物も狂い、、、、


夏の花サルスベリ

窓から


#2023.7.29~8.6
猛暑で一番元気なのはサルスベリ。

背が伸び、2階にリビングの窓から、彼女たちのダンスが見れます。

2階の玄関から


毎年うどん粉病にかかって、あまり花を付けなかったけど、今年ふくふくした花が踊っています。

枯れる草木

後から補植した拓殖の木が何箇所かで枯れてしまいました。数年では、十分に根がはっていないのでしょうね。もちろん、グリーンクラブの人たちが、協力してくれましたが、半分くらいは枯れてしまいました。2週間以上雨が降らなかったのですから。今後、どうすればいいのかしら。

First Response

#2023.6.29~7.8
ハローワーク前のバス停まで、草取り、植栽進みました。活動を初めて5年以上経ちますが、残念ながら、ご苦労様は言ってくれますが、町の人々の行動変容は全くありませんでした。私が、工場の前の雑草や土砂、声を取り除いた数ヶ月後、オーナーが工場の大きな戸のペンキを塗っている姿を見て嬉しく思いました。素敵なモスグリーンねと声をかけました、

ここのアパートのオーナーに何度言っても、ゴミ出しルールを守られず、カラスによるゴミ散乱で、海風にのり、プラスティックゴミが、遠く北の方まで、せっかくきれいにした花壇に撒き散らされます。しかしながら、暑さに負けないで、花壇の手入れをしていると、だんだん、素敵な都会風のアパートに変わってきているとおもいます。とてもシャクに触りますが。

飲食店前の状況

尾鷲の海岸どおりには、会社や店を営業していても、玄関前が雑草や土砂で見苦しくても放置しているところが、比較的多く見られます。いっそう、寂れた町とうつります。

#2023.5.30~6.9
10年ほど前久しぶりに帰郷した時、近所の方達が、一生懸命苔をとってました。とても苔が美しいのにと残念に思いましたが、これが、大変な敵だとわかりました。苔のふくよかなベットですくすく雑草が育ち、中には木にもなるからです。苔を取り除くのも、重労働です。

時間

#2023.4.30~5.7
町に緑を!散歩が安全で楽しいものに!という目的でChimi Gardenを作ってから、ようやく3年たち、5本の桜も花をつけ大きくなり、庭の種々の草木が育ちました。雑草を取り、剪定し、成熟してきました。異常気象との戦いでもあり、マナーの悪い人間たちとの戦いでもあります。

へデラ8個、黄金テイカズラ5個、ピンカマジョール3個ハローワーク前植栽

1ブロック進む!

#2023.3.29~4.7
三重県建設事務所の協力を得て、壊れていた花壇の修復ができました。クチナシ5本、乙女椿1本植える。
ここは、夕日も長くさすところなで、街路樹としてはどうかなあ。周りの住民が、水やりをしてくれたらなあ。。。

*マリー^ゴールド10個、撫子2個は高町会館前に植える

困った老人

#2023.2.28~3.6

Chimi Garden に設置した監視カメラに度々6:30頃、この老人が、犬におしっこをここでさせる姿が写っています。柵や犬の排尿禁止ポスターを設置しましたが、何度植栽を植えても枯れてしまいます。柊木を植えましたが、外側から、おしっこをかけさせます。今回は黒づくめで深い帽子を被り、今回は後ろ姿で登場しました。

新たな作戦

背の高い柊木を追加し、ウクライナと日本の国旗を立てました。国旗に向かって、おしっこをかけさせるでしょうか?
最近は、老若男女問わず、過疎が進むにつれ、様々な犬を連れて散歩する姿が増えました。しかし、私は、街路樹の再生をしていると、いつもマナーのひどさに驚かされます。

めんどくさい!

水仙の球根をただ植えた!

三重県国体の行事の一つが尾鷲であり、歓迎のために花を飾ろうと、水仙が配布され、尾鷲市民の人達が花壇の雑草も除去せず、隙間に水仙を植えた。今年も、雑草の隙間から、花が咲いたが、上の写真のごとし。めんどくさいが酷すぎる。尾鷲は歓迎の心がないようだ。

私が手入れしたところ

雑草の根を丁寧に取り除き、水仙を避けて花を植えたが、今年も綺麗に水仙が咲いてくれた。何のために彼らは、水仙を植えたのだろうか。全く理解できない。

#2023.3.5

記*
寒椿10本、サザンカ白1、赤1本、シデコブシ(姫コブシ)1本、へデラ3株を新たに植える。アセビ6本。
再度、ピンカマジョール6株、拓殖1本、柊木1本、補植する。
Chimi gardenの河津桜は初めて、今回見事にさいた。植えてから4年かかった。

めんどくさい!

#2023.2.1.-2.5

  • 20年以上年数回機械による剪定はするものの、掃き掃除や雑草除去などの手入れを全くしてこなかった尾鷲の海岸線を南北に貫く重要な幹線。一人でコツコツ雑草を取り、根を除去し、花壇を耕すが、今回も、5日間でやっと数Mの前進である。尾鷲市民の一般的気質として、新しく作ってもらうことには、興味を示すが、時間をかけて、大切に維持管理することは全くの苦手である。唯一、グリーンクラブが扱う紀望通りの花壇のパンジも色を考えず雑多に植えられているので、もう少し、選別して配色を考えた方が綺麗よというと、めんどくさいと返事が返ってきた。町の再生も、この根本にある気質が妨げの様な気がする。せめて、企業の玄関先が雑草で、覆われない様にして欲しい。昔はこれほどでなかったと思うけど。魚が取れなくなった今、変わっていかないと思う、、、、

同級生

中学生の頃から故郷を離れたので、小学生の頃の同級生のことは記憶から無くなってしまっていた。最近、お世話になった方々が、同級生とわかり、そのありがたさを感じている。誠実な庭師のN君、名医の電気屋さんのO君。
O君は、どこが電気的に問題なのか、2回も正確な診断をした。また、彼は、知的障害がありそうな相棒と、とてもうまく一緒に仕事している。
感心!

Happy new year ❤︎2023

#2023.1.4~1.9

昨年から三重県の道路美化活動について協力を得られる様になりました。今回は枯れた拓殖を除去した後のコーナー2箇所に、寒椿を計3本うえました。尾鷲滞在中、散水しましたが、昨年末から雨が2週間以上も降らず、根付くか心配です。

県道778 (黒潮線)

半分残っていた歩道の修理が、ようやく、できました。雑草対策に、隙間をコンクリートで埋めるのですが、草取りに時間がかかり、1年かけて完成しました。

自分の居場所

#2022.11.15~11.22
雨が多い尾鷲のせいか、何度修理しても、極度の湿気で壁紙が剥がれ落ちることが度重なるので、今回は、エコカラットという湿度調節可能のタイルに張り替えてもらった。この音楽室は、私にとって、今後の孤独の老後に欠くことのできない場所。一方、尾鷲教育委員会に、自分の居場所を探す人たちにとっても、Chimi House が、学校以外の場所にならないかを提案したが利用は難しいらしい。
 浜通りの植栽は、猛暑の後、2ヶ月手入れしなかったので、剪定や雑草取りで大忙しだった。

学びと理念

#2022.10.14~11.8 アメリカ、ユタ州旅行から:

旅をしていると、トイレ休憩やインターネット接続、貴重な地元情報を得るたに、図書館はとても重要です。デイシェスヌの小さなきれいな町の図書館に立ち寄ったところ、トイレ前の壁に上記の絵が書かれていました。STEM教育ということを後で知りました。S:Science,T:Technology,E:Engineering
M:Mathematics

科学技術やIT技術を使いこなす様にする目的ではなく、これらを使って、自分自身だけでなく、社会のために、より良い生活を作り出してゆくことを目指している様です。ユタ州では、農業とSTEM教育も需要となっている様です。日本は、昔から資源がなく、科学技術立国でないといけないと、私の頃は、教育されました。子供達に科学とIT技術を使って、何を作り出せるか豊富な機会を提供してゆかないと、日本はどんどん遅れてしまうと思います。小さな町の課題も、子供達から、解決案が生まれてきます様に。

台風

#2022.9.16~9.25
尾鷲はかつては、日本一の雨量を誇っていて、また台風には慣れていましたが、14号は異常でした。間欠的嵐が3日間続きました。雨の中、植栽の添え木を追加しましたが、藪椿一本は倒れました。

グリーンクラブ

#2022.8.12~8.21
花壇、歩道、花壇下溝の隙間をコンクリートなどで修理するも、雑草除去に追われて、修理が追いつかず。せっかく花壇に植えたマリーゴールドやハツユキカズラなど猛暑で枯れてしまうかと思いましたが、グリーンクラブの82才コンビが、水やりをしてくれていて、生きていました。尾鷲で唯一のグリーンクラブは30年以上の活動歴があります。高齢化で存続が、難しくなっています。前に花壇のある家 の人は、もう少し、植物や町の美化に興味持って参加して欲しいと思います。

リュウゼツラン

#2022.7.21
中部電力尾鷲三田火力発電所の解体後も敷地内の庭園が維持されてます。数十年に一度の花が開花しました。津波問題があり、敷地あとをどうするか遅々として進みません。一番の問題は、この庭園が今後中部電力の手を離れた後、市当局がきちんと維持できるかです。最後の花になるかしら?



雑草対策!


#2022.7.16~7.25
猛暑と豪雨で、今年はあっという間に雑草で埋め尽くされてしまう。壊れた花壇をセメントで修理、花壇近くの歩道の敷石の間から雑草が繁殖するので、水で固めるセメントで隙間をうめました。これで、少しは、雑草を抑制できるかしら。

ツバメ

#2022.6.11
6月ツバメ達が、尾鷲にやってくる様です。昨年、彼らが、我が家の駐車場が巣作りに最適と気づきましたが、なんとか諦めさせました。今回は、しつこく、駐車場が開いた時を狙って何度も巣作りを試みました。私が東京に戻る朝、彼らは、ガレージの前で何度も何度も開けろと抗議をしました。軽快に飛んでいるツバメの姿しか知らなかった私にとって、意外な行動でした。ごめんなさいね。



#2022.6.11~6.20   ヒガンバナ、ハツユキカズラ植栽。駐車場前には、マリーゴールドを植え、近くの会社に水やりの協力をお願いした。

感動の一夜

#2020.5.14

コロナ渦で、外国からの指揮者の来日がままなりませんでしたが、やうやく、以前の様になってきました。マレク・ヤノワスキとNHK交響楽団のシューベルト”ザ・グレート”。すごい指揮者。コロナ渦の禁句ブラボーの叫びが観客席から思わず飛びました。人間を励ます力を得ます。感謝!

3つの太陽光燈

#2022.4.16
尾鷲市の中心を東西に貫くメインストリートですが、夜は真っ暗になります。せめて、足元に燈をと3つの太陽光街灯を設置しました。残念ながら、早速、誰かが1つ壊しました。SECOMの防犯カメラを設置しておりますが、盗まれなかっただけ良かったのでしょう。

グランドカバー

#2022.4.16~4.24
#2022.4.26~5.8
雑草対策に、下草にハツユキカズラ、ビンカマショール、レモンビューテイー、リピア、アガバンサスを植えてみた。実験です。

果てしなく続く

やっとここまで

南北を貫く港の浜通りの壁画前から、3ブロックの歩道整備、苔、雑草除去、花壇、歩道修復、植栽を続けてきました。30年以上、道路、花壇が造られてから、何も補修していなかったので、大変な作業です。コツコツひとりでやってきました。三重県も少し、手伝ってくれる様になりましたが、今後やっていけるか不安です。

まだまだ

先に荒れた歩道、花壇は。まだまだ続きます。私には、市民が、車移動でなく、健康のためにも楽しく散歩できる様に、四季の変化を身近に子供たちが感じる様にとの思いがあります。東北大震災以後、港の周囲はほとんど空き家になりました。しかし、尾鷲の歴史を刻む港周辺を大切にして欲しいと思います。この歩道にも、様々な魚のパネルが貼られています。忘れないで、津波を恐れず、歴史をつなげていって欲しい。」

土砂が運ばれる

火力発電所の解体が終わったというのに、ゴールデンウイーク中も休まず、早朝から、トラックが土砂をどこかに運び、空になったトラックが、また戻ってきて、魚を運ぶトラックに混ざり、浜通りは活気をおびます。東京から、船で土砂を運んできて、山のどこかに消えてゆく様。一度、どこにゆくのか後を追ってゆこうと思っています。

常緑ヤマボウシ

#2022.3.15~20

2Mを越すヤマボウシの木を植えました。1.2-1.5Mくらいの藪椿は私一人でなんとか植えてきましたが、流石にこの大きさは不可能で、同じ小学校だった庭師さんにお願いしました。私は、土を耕運機で耕しましたが、深くまでは困難でした。さすがプロで、ツルハシで深く土をおこし、良好な土に入れ替え植えることができました。尾鷲という町は、運転に邪魔なので、植栽は、できるだけ低く、そのため、これ1本だけ、邪魔にならない場所に、また落ち葉を掃除したくない様なので、常緑という選択になりました。

今回他に藪椿1本、寒椿5本
前回植えた2本の寒椿は枯れるかもしれない。
誰か、少しでいいから、水をやってほしいなあ。
近くに住んでいる人、関心がない。

新しい友来たる!

#2022.2.15~2.21
今回も県道778の歩道の40年以上積もった土砂と雑草の根の除去、植栽が半分あるいは全滅した花壇の雑草の株や根の除去した。花壇の土はとても堅いので、再び、ミニトラクターを持ち込み耕した。寄生植物の根や球根が充満しており、それを食べたいのか、どこからか青い鳥がやってきた。毎日彼がやってきて、朝から夕方まで、私と一緒に過ごした。腰が痛くなり、頭を持ち上げると、いつも私の視界に彼がいた。とても不思議で楽しい1週間だった。白ヤブ椿1本、2本沈丁花、赤寒椿3本、白寒椿6本新たに植栽した。別のところで30cmの苗木から約2年育てたヤブ椿4本もこちらに移植し、元の場所に拓殖4本補植。

県道778浜通り防潮堤について

東北大震災後、この尾鷲港に近い旧市街地は、津波シュミレーション画像のために、固定資産税は変化があまりありませんが、市場価格はただ同然と買い叩かれており、過疎化の推進の原因の一つになっております。市及び三重県は何も津波対策はせず、30年位前にできた防潮堤は朽ち果ております。私は、この浜通りの雑草、苔とりや歩道や花壇の修復を通して、この防潮堤がいかに老朽化しているか写真にとり、三重県の管理事務所に報告しております。県側曰く、尾鷲市民の要望が無いから無理だと返事がありましたが、私の作業に声をかけてくれ、お茶やお金を寄付してくれるお年寄り達は、到底、三重県に要望を訴えることができる年齢をこえています。防潮堤の機械部分の点検はしていると回答してますが械部分に木が生えて、その根を取り除くことができない状況です。今回、2022.1.15トンガからの高波を体験しました。最近いまだ経験しないような自然災害が立て続けに起きています。何も、東北の一部で行われた高い防潮堤を作れと言っているのではありません。現在あるものを生かして、1〜2Mの津波程度は食い止められるよに、思っております。本日、再度、三重県に防潮堤の点検をお願いしました。*********************************

浜通り(県道778)花壇再生事業3


#2021.12.29~2022.1.6

尾鷲市の花ーヤブ椿と寒椿

熊本からヤブ椿2本と和歌山から白寒椿4本、年の暮れ12月29日に届き、がんばって植えた。前回、花壇を耕していたので、助かった。しかし、ヤブ椿、街路樹としてどうなるか、私は知らない。どのくらい大きくなるのかしら。

白い寒椿

赤い寒椿は手に入りやすいけれど、白はたくさんは無い。和歌山の植木組合が扱っていることがわかり、嬉しかったこと。熊本には、白がなかった。しかし、熊本の園芸店は、とてもいい仕事している。植栽がとても、丁寧に梱包されている。愛情がわかる。

ミニ耕運機活躍

さらに県道を南下して、花壇の開梱。雑草や木の根を取り除くのは、大変な作業なので、今回は、ミニ耕運機で耕し、その後手で、取り除きいた。機械でやると、腰への負担が少なくて助かった。30日から元旦にかけて花壇をセメントで補修し、準備完了した。ここにも、ヤブ椿2本と白寒椿4本。正月休み明け1月5日に和歌山から届き、植えることができた。今回は、熊本は遠くて、間に合わず、和歌山産の藪椿。距離は近くとも、値段は、少々高い。

尾鷲漁港浜通り(県道778)花壇再生事業2

#2021.12.13~16

モザイク壁画前の花壇のツゲが所々枯れて木が抜けいます。他の場所と比較すれば、ここは、木が残っている方ですが、今回4本マメツゲを補植しました。ツゲには何種類か種類があるのですね。何も知らなかった私は、前回の2本はホンツゲを植えてしまいました。既存の木の根がはっているので、植え込むスペースが少なくて、浮いてしまいましたが、うまく定着するかしら。

前回11月の植栽に続き、鉄工所前の木が抜けた3箇所に白サザンカ。赤サザンカ、寒椿を植えました。雑草の株や根で充満しているので、取り除くのに腰を痛めました。少し、カワイくなったでしょう。

さらに南へ南へと掃除してゆきます。このゴミ袋10袋は、いわゆる雑草ではなく、ほとんどは、堆積した土に苔が絨毯のように生えており、それを取り除いたものです。長年、機械で表面の生えた雑草を刈り込むだけだったので、結構な量となりました。また、生き残っている拓殖も、ツルを巻きつける下草で締め付けられており、拓殖の下草とりが必要でした。これで、拓殖の死滅を予防出来ます。

ニュージーランドをハイキングした時、溶岩からどうして森ができたのと尋ねたら、苔がはじまりですと答え。厚い苔絨毯に太い雑草の株が残っており、大シャベルで一生懸命はぎ取る。このコンクリートの防潮堤の下部分は、ボロボロになっていて、一部壊れてきている。苔と雑草はコンクリートも破壊する。地震自体は尾鷲は少ないけれど、やってきたら、パタパタ防潮堤は倒れるかもしれない。

次回はここに赤い藪椿と白い寒椿を植えようか考えています。尾鷲の人は、車道が見えない見えないと次々、植栽を切ってしまうので、高さや間隔を考えないといけないと考えています。植栽がタイミングよく手に入れることができるかどうかも問題で、どうなるか、運命でしょう。

初冬の候ー

#2021.12.7

 昨日は、東京は、夕方から雨が降りはじめ、今年一番の寒い夜になりました。冷たい雨と黄色のイチョウの葉が舞う中、私は友人と黄金の絨毯の上をおしゃべりしながら、歩きました。駅までの幸せなひとときでした。
 秋は、この通りにある建物やマンションの人たちは大変です。毎朝、毎朝、落ち葉の掃除をします。雨がやむ明日はいつもより大変になるでしょう。私は、このままでもいいけれども。
 東京都の人曰く、この通りは、木の選定が早すぎて、銀杏の紅葉が見れなかったという苦情のある年とイチョウの落ち葉の掃除が大変で、早く選定して欲しいという苦情の年が、交互にやってきて、対応に苦慮していると。多様な意見がありますが、高齢化の弊害ではないかと私は思います。力合わせて、健康のために掃除をすればいいわけですから。コンクリートの街は、自然を維持する努力は必要です。
 私は、この周辺に住んで、45年すぎましたが、この通りを大切に思っています。

幸福な夜

#2021.12.4

N響12月4日公演

コロナウイルスの来襲以来、クラシックコンサートは、海外からの演奏家が来日できずに、日本人演奏家に急遽変更になることがたびたびです。それによりがっかりさせられることもありますが、若い演奏家たちの素晴らしさを知る機会にもなります。今回は、2021年9月イギリスLeeds International Piano competition で第2位になった小林海都氏が、代役として演奏してくれました。衝撃の夜になりました。Bartok Piano Concerto No.3. 力強さと美しい響きを持った演奏でした。興奮と感動で満たされました。彼は25歳。音楽高校卒業後、ヨーロッパの音楽学院で学んでいるようです。You Tubeでこのcompetitionでの彼の演奏を聴くことができます。

おお!素敵な少年たち!

コンサートの帰り、地下鉄の中で10才くらいの2人の少年にあった。二人とも、今流行の携帯ゲームもせず、2人でおしゃべりしながら、戯れていた。Nのマークは何?と質問すると、能力開発塾のNで、これは、警報装置で紐を引っ張ると警報がなると丁寧に教えてくれた。とても仲がいい2人で、一人が次の駅で降りると最後まで、ドアの窓から手を振っていた。残った男の子は、空き缶が床に落ちているのに気づき、拾って、次の駅で、私と一緒に電車を降りた。彼は、その空き缶をリサイクルの箱に捨てた。いつも、腹ただしく、憂鬱な私は、この夜は、幸せな気分にひたることができた。



2つの新版画展から〜

#2021.11.30

吉田博展

(1876~1950)
2021.6.19~8.29 静岡市美術館

1899年渡米し、彼は、まず水彩画で評価され、その後、たびたび、アメリカ、欧州の旅に出かける。彼は、若い頃から高山を歩くことが好きだったので、外国の雄大な自然にも魅了されたのでしょう。関東震災後、1923年、3度目の渡米をする。やはり、好評だったのは、焼け残りの木版画。そこで彫師と摺師を雇い、私家版の版行に乗り出し、米国シリーズの完成させた。カルフォルニアで彼の人気は高く、アメリカ人から彼を教えられました。私は、彼の大きな山や川を描いた作品が好きです。従来の版画のサイズより、はるかに大きい大判サイズにも挑戦しています。
copy©️1925年制作,   近代風景画の巨匠 吉田博展-清新と叙情 (福岡市美術館, 1996年)より グランドキャニオン



川瀬巴水展 

(1883〜1957)

2021.10.2~12.26 東京SOMPO美術館

近代化して行く日本の自然を新しい版画手法で表現した3H(北斎、広重、巴水)の一人です。自然の中に一瞬訪れる光がうつしだす世界を版画で表現しています。現在のアメリカの写真家も、従来の構図だけなく、光の捉え方にも関心を持っているようです。彼は、吉田と異なり、海外は韓国だけで、国内を旅しました。しっとりした静かな、今では見ることができない日本の美があります。ロザンセルスの友人が吉田の画を求め、地元の画廊に行ったら、吉田よりすごいぞ巴水はと言われ、長年彼の美術展を待ちわびていました。
copy©️https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Kawase_Hasui_(1930s)_Evening_of_Ushibori.jpg

Think *Denke*考える

#2021.11.29

ずっと若い頃から考えていること
なぜ、日本はあんな愚かな戦争をしたのだろう。

最近、遅ればせながら、ハンナ アーレントを知った。1951年”全体主義の起源”、1963年”エルサレムのアイヒマンー悪の陳腐さについての報告”などを発表し、衝撃を与えた。2012年映画”ハンナ アーレント”が公開され日本でもブームになった。最近、彼女は、再び、注目されている。敗戦後から現在までの私も歩んできた歴史の理解とともに、将来に希望を抱けず、不安のみが増すグローバルな世界、そして新たなるIT社会の問題を理解するのに彼女の仕事は助けになる。
©️https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Hannah_Arendt_1924.jpg

対話すること

異なる考えを聞くことは、自分の考えがはっきりしたり、変化したりできます。人にあって、話すことはとても重要で、せめて、電話でもかなり役立ちますね。至る所で、コンピューターのチャットに変わってしまって困りますね。****************************

桜が切断され除去される!

#2021.11.22

尾鷲中央通り✳︎

故郷を離れる朝、うるさい騒音が聞こえてきた。尾鷲駅から海岸に向かう中央通りー希望通り、雨の降る中、数人の作業員がチェーンソウで唯一植えられていた桜を切っていた。

希望通りという名

当局はいつも、車の視界の邪魔になり危険なので、地元の要望がつよく、切っていると説明する。超高齢者たちの要望なのでしょうか。木々を愛する人たちの声は全く耳を傾けません。

絶望しかない!

理解できません。これが、ずっと、繰り返されている、雑草と廃墟の町です。この理由で、どんどん、木が切られ、コンクリートで埋められてゆく。誰が止めることができるのでしょうか。

尾鷲漁港浜通り(県道778)花壇再生事業1

#2021.11.16~21

モザイク壁画前の花壇の拓殖の植栽の手入れに加え、サザンカ、沈丁花、ヤブツバキを第1弾事業として昨年行いました。
この花壇の雑草除去に手間取っておりましたが、今回、ようやく、次の段階に、進むことができました。

 壁画前の浜通りを進むと、長くススキや雑草で覆われた花壇がありました。今回、平山農園の人達が、雑草を全部刈り込んでくれていたので、その後、私が、花壇を耕し、株や根っこを引き抜きました。花壇が巨大なススキの株や根っこで充満しており、この力仕事は大変でした。

苔が防潮堤及び歩道を覆い、雑草の温床となっていたので、それも全部取りました。花壇と歩道をコンクリートで修復。ビヨウヤナギを左右の花壇に5本ずつ植えました。今は葉は紅葉してきてますが、全部落ちて、来年春には黄色の花を咲かしてくれることと思います。

  尾鷲市内は、街路樹もなく、花壇も荒廃しています。市は三重県がやることだと、市内美化の作業にあまり関心を持っておりません。三重県が発注するのは、雑草や残存する植栽の刈り込みのみです。それに加え、過疎化が進み、放置空き家が荒廃しているので、いっそう寂れた感がありす。
 私の作業中は、毎回、お年寄りから、感謝と励ましをいただきます。
”市の真ん中にあった中村山に、せっかく上っても、何も花がなく、わびしい。今回の花壇はどんなものが咲くの?そうね、水やりをなんとかしないといけないわね。どうやったら、水を運んでこれるかしら。”
  地面から芽が吹き出し、成長し、美しい花がさき、散り、寒い冬を越える変化とともに生活するという事は、私も、年金生活者となった今、老後の生活において欠かせないものとなっています。自分の身近に、必要なもの。自然を破壊してしまった町には、人工的空間であっても、必要なものであることを、市当局に認識して欲しいと思います。

石モザイク壁画修復  

#2021.11.15

今年6月高圧洗浄しましたが、その際、数個の石が壁画からこぼれ落ちました。以前から、歩道の草取りに際して落ちていた壁画の石も数個保存しておりました。地元の子供たちに修復参加をお願いしたかったのですが、雨が続いたこと、コロナ渦でもあること、何やら教育委員会などに申請しなくてはいけないなど、簡単なことなのに、大掛かりになるので、一人で、パズルを楽しみながら、ボンドでくっつけました。

設置してから約30年以上を経ているので、残り、20個くらいの穴が空いています。この修復方法は、どうしたらいいのか、アイデアを提供してくださると嬉しいなあと思います。その穴にあった石でないとボンドでくっつけようと思っても、すぐ剥がれてしなうのです。あるいは、石の形に合わせて、穴を削る方がいいのかしら。

バレエと音楽

#2021.10.19
高校時代、同じ下宿の仲間たちと私は、バレエ漫画に夢中でした。仲間の一人は、トウシューズを買い履いて、炬燵の板を床に置いて、踊るマネをいつもしていましたが、とうとう、東京の大学に入学してから、本業をそっちのけで、バレエを習い、最後には、フランスに、バレエ留学してしまいました。私はと言うと、早く漫画を卒業したいと思いながら、こっそり本屋でマーガレットを買い(この頃は、漫画を読むことは恥ずかしいことだったのです)、なかなか、抜け出せないでいました。連載が終わった頃、漫画卒業となりました。チャイコフスキーやプロコフィエフのバレエ音楽は、クラシック音楽やバレエを知らない人もどこかで聞いて知っているはずです。ぜひ、この機会に新国立劇場のホームページを覗いてみてください。
https://www.nntt.jac.go.jp/ballet/nutcracker/

Chimi Garden

#2021.9.19
数年前、植えた小さな酔芙蓉の花が、1.5Mくらいのクリスマスツリーのように大きくなりましたが、今年は、雨が多く、たくさんの蕾がつきましたが、なかなか花が咲きませんでした。台風14号にも関わらす、前日、しっかり何本か支えをしたので、折れずに、綺麗な姿を保ちました。翌日、台風の後の熱波で花が咲きました。酔扶養は、朝は、真っ白、だんだんほのかに赤みを帯び、夕方にはピンク色になります。

エネルギー問題

#2021.9.5
紀伊半島の南部の三方が山に囲まれた小さな辺鄙な港町の地形を改変し、巨大な火力発電所が現れて60年後、発電所の煙突は消え、空き家ばかりのさびれた町だけが残りました。福島問題の原子力エネルギー問題とは異なりますが、この町もエネルギー問題を真剣に考える町になるべきだと私は考えています。今は再生可能エネルギー、green エネルギーと今度は、響き良い言葉が出てきました。

***Joshua tree National parkからロザンゼスに向かう途上の谷に巨大な風力発電の何百もの風車が立ち並んでいます。これほどたくさんあっても、風の向により一部しか動いていません。また、壊れてそのままになっているものもあります。--私の旅の写真から*

考えてみましょう。私は、毎月、新東名高速を東京〜尾鷲を往復します。数機風車が丘の上に立っているのを見かけます。はたして、どのくらい役立つのでしょうか、環境を破壊するだけ、それに、壊れたら、どうするのでしょうか。中部電力の煙突のように片付けてくれますか?ともかく、か弱い日本の大地には巨大な人工物は似合わない。

先週、アメリカの友人に Ozzie Zehner "Green Illusion"の本を紹介されました。また、Micheal Moore総指揮、Jeff Gibbs のドキュメンタリー映画人間の惑星"Planet of the Humans" を 紹介されYou tube で見ました。(日本語の字幕があるので、みてない方もぜひ、みてください)広大な土地、様々な資源のある大陸のアメリカとはそもそも資源がなく険しい山の多い日本では、エネルギー問題に対する意識は異なるかもしれません。日本は再生可能エネルギーの問題点を考えるまでの状況には至ってないように思います。しかしながら、今の日本の中途半端なやり方は特に無駄でもあり、環境破壊を進行させるだけのもののようにも思います。


Chimi Houseを建てるにあたって、暖炉、ペロブスガイト型太陽光パネル、 passive solar home designなど検討してみたいと思っています。


尾鷲三田火力発電所  

# 2021.9.1

煙突解体作業

着工当時は120Mの煙突でしたが、公害問題などから、1986年、 3号機の増設に伴い、煤煙対策として、高さ230Mの煙突になりました。2020年8月5日より、解体作業が始まりました。
(この写真は2020.11.3.撮影したもの)

ついに煙突が消えた!


2020.12.5。あの煙突が姿を消しました。私が、小学に入る頃、建設が始まり、尾鷲が大変貌を遂げる過程ともに、成長したので、複雑な思いがありました。中学から故郷を離れましたが、休みで帰京するたび、汽車の窓から、一番最初に私を出迎えるものは、この煙突でした。その後、ばい煙問題も他の地域の公害問題同様にありました。日本の高度成長のために失しなわれた私の脳裏に残っている故郷の姿を思いだし、そして、巨大な姿を消した発電所跡地、現在の街並みを見ると、どのようにこれから、再生してゆくのだろうと不安に苛まれます。
(この写真は2020.12.29 テングラ山頂から)

火力発電所記録映画より

(記録映画1大いなる黎明   記録映画2輝ける飛翔--- 中部電力株式会社 提供)

はじまり

1961年10月尾鷲の矢野浜くにいし海岸を海岸と市場を隔てる瀬木山の土により埋立、火力発電所1、2号機を350億円の費用にて建設、後方の重油の燃料保管基地である東邦石油とのコンビナート計画に着手した。中部経済圏の産業成長に高容量の電力発電が必要だった。工業用水のため、当時日本で高雨量の地域であったこと、湾内水深20Mと深く、大型タンカーの入港が可能であったことが理由であった。

1962.2着工〜1964.8 完成

埋立、護岸工事と1、2号機建屋、120Mの煙突、送電線と同時並行的に進められていった。瀬木山
の向かって右は市場、左はくにいし海岸だったようだ。父から、松林がある白浜で、尾鷲湾の真ん中にある島サバルまで父がよく泳いだことを聞いて、この白浜のことを知っていた。しかし私には、この海岸の画像の記憶はなかった。

ミケル バルセロ展

#2021.8.20
三重県庁訪問の帰り,このポスターに誘われて、美術館を訪れました。彼はマジョルカ島出身であるため、海をよく知っていました。異常な海水温の上昇、今年の大雨の原因でもあるのでしょう。驚きの表現法で、独特の感性で描かれる熱い作品に物凄い迫力を感じ興奮しました。大きな絵の前で、ひとり、対峙してみてください。コロナ渦で、美術館は、数人でした。

《とどめの一突き》 1990年 作家蔵
 ©ADAGP, Paris&JASPAR, Tokyo, 2021. Photograph: ©André Morin








ミケル・バルセロ《下は熱い》 2019年 作家蔵
 ©ADAGP, Paris&JASPAR, Tokyo, 2021. Photograph: ©Agustí Torres 



壁画保存---解決のための問題点1

#2021.8.13~22  活動報告1
県道管理事務所の県道管理は最低限ー植栽はできるだけ伸びないように強剪定するだけ、下草、雑草取りはされず、ましてや花壇や歩道の修理は論外のようです。せめて2面の壁画の前前だけでも、植栽と歩道はきれいにしておきたいと月1回は草取りをしてます。しかし、一人で清掃するのに、約1週間はかかります。原因は花壇、敷石が壊れており、土が流れ込み雑草が生えること、多雨のため、苔の繁殖がすごいことが原因です。この修理を智美の家で修理したいと県事務所に申し出をしたところです。また、所々、拓殖の木補植に関しては、許可がでましたので、枯れて抜けたところは補い、また、沈丁花などを追加したいと考えています。

希望

#2021.8.16******

コロナ渦の中、タイミング良く、私の大好きなKazuo Ishiguro氏が、素晴らしい小説を送り出してくれました。今回の作品は、私でも、原文で、毎日、楽しく読み進めることができました。ちょうど、今が読むのにいいと思います。

モザイク壁画を保存したい!

#2021.8.3*******
1990年に港の浜通りの防潮堤にカラフルな石のモザイク壁画が設置されました。一度も清掃せず、黒カビや、一部石が剥がれで、汚くなっていましたが、今年6月、高圧洗浄で、薬品を使わずにきれいにすることができました。壁の後ろの家の屋根の雨水が直接壁画にかかるため、壁の上の隣の屋根に樋を付けました。夏休み、町の学生が剥がれた壁画の修理をやってくれるかしら。

これはひどい!三重県はおかしい!

#2021.8.3*******
尾鷲神社通りは唯一、1.5mくらいの白い花が咲く植栽が北川に沿って植えられ、珍しく、残っておりました。しかし、三重県管理事務所の説明では、地元の人の、これを全部抜いてくれと言う要望により、検討した結果、根が張って引き抜くことができないので、とうとう、30cmに切ってしまいました。私が、清掃。下草取り、剪定や植栽していると言うのに、三重県は経費がかかると、残酷な処理をしています。破壊しないで欲しいです。また、腐った木の柵が見えるようになり、さらに、危険も増しました。